(1) 炭疽

T 概要

 炭疽菌による感染症。元来、草食動物の感染症ですが、ヒトにも感染します。感染部位により、肺炭疽、皮膚炭疽、腸炭疽の3種類に分けられます。通常90%以上が皮膚炭疽であり、これは皮膚に付着した菌芽胞が皮膚の傷から侵入して起こります。(当ホームページ「炭疽菌について」を参照してください。)

腸炭疽は、感染した動物の肉を十分に調理せずに接触した場合に発生します。肺炭疽は芽胞を吸入した場合に発病します。(今回のテロではこの肺炭疽が問題となっています。)これもヒトでは稀ですが、先日(2001年10月)、米国フロリダ州で死亡した患者は肺炭疽でした。多くは1〜7日程度の潜伏期の後、感冒様症状で発病し、数日後、突然症状が悪化し、呼吸困難、チアノーゼ、痙攣(けいれん)が起こり無治療では95%以上が死に至るといわれています。

U 治療と予防

 炭疽菌感染症は感染症法上、第4類に分類されています。ヒトからヒトへの感染はありません。(天然痘との大きな違い。)国内ではワクチンの販売はなく、米国でも一社が製造しているのみで十分な供給量がないこと、長期に渡り3〜6回の接種が必要となること、副作用の発生頻度が高いこと等から、米国においても一般に広く接種することは勧められていないそうです。
 しかし、感染後、抗生物質により治療が可能な疾患です。ペニシリンG、シプロフロキサシン、ドキシサイクリン、アモキシシリン等の抗生物質が有効ですが、なによりも早く治療を開始することが重要です。さらに暴露(注1)された後、無症状の時点から予防的に治療することも可能ですが、素人判断でむやみに服用してしまうと、抗生物質が効かない耐性菌が発現し、以後の治療に障害をあたえる危険があります。

(注)治療に関しては、アメリカでのものです。投与内容、量、期間については、主治医の判断によるものです。

(2) 天然痘

T 概要

 天然痘ウイルスによる感染症。7〜17日の潜伏期の後、倦怠感、発熱、頭痛といった前駆症状にて発病し、2〜3日後に特徴的な発疹が顔、腕、脚に出現します。ヒトからヒトへ感染し、この感染力は発症後1週間以内の患者からのものが最も強いといわれています。無治療では30%程度が死に至るなど大変な脅威でしたが、ワクチンがきわめて有効であり1980年には世界保健機関(WHO)が撲滅宣言しました。しかし、その後も研究用として米国、旧ソ連で保存されていたといわれています。

U 治療と予防

 天然痘治療には特異的なものはありませんが、ワクチンがきわめて有効で、接種後、少なくとも5年間有効とされています。さらに、感染後4日以内に投与すると発症を予防でき重症化を抑えることができるという観点から、感染後の投与も治療の選択肢です。輸液や解熱・鎮痛等の対症療法や二次感染予防のための抗生物質投与も重要な治療です。

(注)治療に関しては、アメリカでのものです。投与内容、量、期間については、主治医の判断によるものです。

 

(3) ペスト

T 概要

 ペスト菌による感染症で、感染症法上、第1類に分類されています。米国及び旧ソ連において、以前兵器化が進められていたそうです。日本では1926年以来、ペスト患者の報告はないそうです。通常、ヒトペストの80〜90%は腺ペストであり、ペスト菌に感染したネズミなどに吸着した、ノミを媒介し感染します。
 もし、生物兵器として散布した場合、肺から感染する肺ペストの可能性が高くなります。ペスト菌を吸入後、2〜7日の潜伏期を経て高熱(39℃〜41℃)、頭痛、咳そう、鮮紅色の泡立った痰などの症状が現れます。無治療であるとほぼ100%が死亡しますが、早期からの抗生物質による治療が有効とされています。

肺ペストの場合、ヒトからヒトへ感染します。ほかに、敗血症ペストがあり、昏睡、手足のしびれ、紫斑などの初期症状があらわれます。

U 治療と予防

 症状出現後、早期に抗生物質を投与します。ストレプトマイシン、ゲンタマイシン、ドキシサイクリン、シプロフロキサシンのどれかを10〜14日間使用します。予防としては、暴露(注1)された可能性のある場合、ドキシサイクリン、シプロフロキサシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコールのいずれかの投与を開始します。

炭疽同様、素人判断でむやみに服用してしまうと、抗生物質が効かない耐性菌が発現し、以後の治療に障害をあたえる危険があります。医師と十分に相談してからの治療をお勧めします。

 死菌ワクチンは腺ペストには有効ですが、肺ペストには有効性が低いそうです。ペスト菌は熱に弱く55℃、15分の暴露(注1)で死滅し、日光下でも数時間以内で死滅します。

(注)治療に関しては、アメリカでのものです。投与内容、量、期間については、主治医の判断によるものです。

 

戻る

(4) ボツリヌス毒素

T 概要

 ボツリヌス菌の産生する毒素により発症します。この毒素は、以前米軍でも兵器化されたことがあるほか、イラクでも保有していることが国連の調査により判明しています。ボツリヌス症には食餌性ボツリヌス症、乳児ボツリヌス症、創傷ボツリヌス症がある。食餌性ボツリヌス症は一般に食中毒として知られ、乳児ボツリヌス症は感染症法上第4類に分類されてます。
 生物兵器として使用した場合、空気中に散布することによって直接的に感染させる方法のほか、水・食料へ混入することにより二次的な感染、戦略的には水、食料の供給を妨害することも可能です。毒素を吸入した場合の症状は神経伝達部位におけるアセチルコリン(化学伝達物質)放出を抑制により、運動神経及び副交感神経が遮断され、便秘、複視、口渇、嚥下困難、尿閉等のほか、筋肉の麻痺が起こります。この筋肉の麻痺は呼吸にも影響し、呼吸困難に陥り死に場合もあります。原因が毒素であること、大気中では菌は死滅することよりヒトからヒトへの感染はありません

* 毒素は、非常に弱いものですが、ボツリヌス菌は芽胞を形成することにより、さまざまな環境に対応するようになります。

U 治療と予防

 ボツリヌス毒素に対する抗血清の早期投与が第一選択となりますが呼吸管理を行うことが有効です。抗血清がない場合でも呼吸管理により治療できるそうです。以前は、高い致死率でしたが、呼吸管理の進歩に伴い、致死率5%以下となりました。ボツリヌス毒素は非常に強い毒性を持っていますが、安定性は低いといわれています。

水中では3mg/Lの塩素濃度下では、20分でほとんど100%が毒性を失います。0.4mg/Lの濃度(通常の水道水残留濃度)では、20分間で84%が失活します。

(5)コレラ菌

T 概要

感染症予防法で2類感染症に分類されている細菌性腸管感染症です。感染経路としては、汚染された水、食物などとなっています。初期症状としては通常1〜3日で突然激しい水様性下痢(米のとぎ汁様便といわれます。)が始まります。この下痢により脱水状態に至るので注意が必要です。

U 治療と予防

ワクチンはありますが、接種しても有効性が低いのでで、WHOは1973年に予防接種が必要な感染症からコレラをはずしています。

発症すると、激しい下痢のため脱水症状になるので、輸液(補液)がまず必要となります。それも電解質を補うことが重要です。病院では、ORS(oral rehydration solution:ブドウ糖20g、クエン酸ナトリウム2.5g、塩化ナトリウム3.5g、塩化カリウム1.5gを水1Lに溶かしたもの)などがあります。
 これに加えて抗生物質・抗菌剤(テトラサイクリン、ニューキノロンなど)などの薬を投与するそうです。

 

戻る

(6)出血熱ウイルス

T 概要

感染予防法では1類感染症に分類されています。これらのウイルスは中央アフリカ、西アフリカなどでまれに発生しています。感染経路については、不明な点が多く人から人へ、体液を通じて感染します。症状としては、エボラ出血熱の場合、発熱・全身倦怠感・頭痛・筋肉痛・関節痛などで急に発症、腹痛・嘔吐・下痢、結膜炎が続く。2〜3日で状態は急速に悪化し、出血傾向と発疹が現れはじめます。6〜9日で激しい出血とショック症状を示し死に至ることが多いそうです。致命率は50〜80%。

マールブルグ病は、エボラ出血熟に似た症状を示しますが、エボラ出血熱よりは軽症であることがそうです。致命率は20%以上。

ラッサ熱は、前の2つと違い感染経路は、感染動物のフン、尿等から感染することが判っています。エボラ出血熱に似た症状を示し、エボラ出血熱よりは軽症である場合が多く、致命率は1〜2%といわれています。

U 治療と予防

ワクチン、治療法は特に確立していません。まず、感染予防には手袋、マスク(このため、アメリカ、NYでは、ガスマスクが売れている?)等の装着が勧められます。

戻る

  天然痘 炭疽(肺炭疽) ペスト(肺ペスト) ボツリヌス毒素
分類 (指定感染症) 4類感染症 1類感染症 食中毒
乳児ボツリヌス症(1歳未満)/4類感染症
臨床症状※ 非特異的発熱、筋肉痛
 →(2〜4日)特徴的な発疹
感冒様症状→突然の呼吸不全
 →(2〜3日)死亡
高熱、気管支炎→呼吸不全
 →敗血症→(1〜2日)死亡
神経症状
(眼症状→球麻痺→ 下方へ)
補助診断※   ○胸部X線で特徴的な縦隔拡大
○血液グラム染色、血液培養
 →グラム陽性桿菌の証明
○胸部X線
○喀痰塗抹・培養
○血液培養
 
確定診断※ ○天然痘ウイルスの証明
(PCR、電顕、培養等)
○炭疽菌の証明 (PCR、培養等) ○ペスト菌の証明
(蛍光抗体法、PCR等)
○糞便、食品、血清等から毒素の証明(中和試験等)
診断から届出 医療機関による疑い診断
水痘注14類
7日以内 直ちに
保健所
都道府県
 
厚生労働省
感染症情報センター
(国立感染症研究所)
感染症発生
動向調査
10/4通知注2
による周知
(感染症法に基づく)
医療機関による疑い診断
確定診断 注3
7日以内 直ちに
保健所
都道府県
 
厚生労働省
感染症情報センター
(国立感染症研究所)
感染症発生
動向調査
10/4通知注2
による周知
(感染症法に基づく)
医療機関による疑い診断
確定診断 注3
直ちに 直ちに
保健所
都道府県
 
厚生労働省
感染症情報センター
(国立感染症研究所)
感染症発生
動向調査
10/4通知注2
による周知
(感染症法に基づく)
乳児ボツリヌス症 その他注4
確定診断 注5
7日以内 直ちに
保健所
都道府県
 
厚生労働省
感染症情報センター
(国立感染症研究所)
感染症発生
動向調査
10/4通知注2
による周知
(感染症法に基づく)
注1
 成人における異常な水痘発生として察知される可能性あり。
注2
 明らかに(感染症の)異常な動向が疑われる場合にあっては、国立感染症研究所感染症情報センターに直ちに情報提供する。
注3
 原因不明の急性呼吸不全患者の多発として察知される可能性あり。
注3
 原因不明の急性呼吸不全患者の多発として察知される可能性あり。
注4
 成人の場合、飲食物との関連が明らかであれば食中毒としての届出がある可能性がある。
注5
 原因不明の神経麻痺患者の多発として察知される可能性あり。

出典 厚生労働省健康局結核感染症課ホームページより

暴露(注1)した場合、スムーズに治療をすすめ、かつ「二次感染の防止」「被害拡大の防止」の為、「いつ」、「どこで」、「だれが」、「何をした」か、しっかり答えられるようにしましょう。

注1)暴露・・・・微生物や毒素を浴びることによって、微生物などが身体に接触したり、侵入したりすることの意味。ただし、暴露したすべての人が感染し発病するわけではありません。

[HOME]

Copyright (C) 2001-2002 M&M Co. All Right Reserved.